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札幌地方裁判所 平成10年(ワ)5119号 判決

原告

齋藤和明

被告

川原勇

主文

一  被告は、原告に対し、三六八八万〇〇一二円及びこれに対する平成三年一一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、八五七〇万二三六〇円及びこれに対する平成三年一一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

以下の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

(一) 日時 平成三年一一月三日午後四時四〇分ころ

(二) 場所 札幌市中央区南一四条西一〇丁目二番先路上(国道二三〇号線)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(札幌五一て四六二二、以下「被告車」という。)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害車両 原告運転の自動二輪車(札幌も三七三七、以下「原告二輪車」という。)

(六) 右運転者 原告

(七) 事故の態様

原告二輪車が本件事故現場である国道二三〇号線を北から南に走行中、被告車が、同国道に交差している狭い脇道から出て、渋滞中の車を通って同国道を西から東に横断したため、衝突したもの。

2  責任原因

被告は、本件事故現場を横断するに当たり、国道二三〇号線が交通量も多く幅も広い道路であるから、前方左右を注視し、同国道を走行する車両の進行を妨害せずに横断すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告二輪車が左側から進行してくるのを見落とし、漫然と同国道を横断した過失により原告二輪車に衝突してこれを損壊し、原告を負傷させたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷及び入通院

原告は、本件事故により、顔面骨骨折、鼻篩骨粉砕骨折、顔面裂挫傷、頸部捻挫、第三頸椎棘突起骨折、左第五・六肋骨骨折、右強角膜裂傷、右網膜剥離、右増殖性網膜硝子体症、右外傷性白内障、右第二指中手骨骨折等の傷害を負い、(一)及び(二)記載のとおり入通院して治療を受けたが、(三)記載のとおり後遺障害が残存した。

(一) 入院

(1) 平成三年一一月三日から平成四年一月六日まで札幌医科大学附属病院に入院

(2) 平成四年一月八日から同年二月一二日まで星井整形外科医院に入院

(3) 平成四年六月八日から同年七月四日まで、同月九日から同年八月五日まで、同年一一月一六日から同年一二月八日まで札幌医科大学附属病院に入院

(二) 通院

(1) 平成三年一二月一八日から平成七年七月一八日まで札幌医科大学附属病院に通院(実通院日数・耳鼻科二五日、眼科三五日、形成外科一三日、整形外科一三日、皮膚科五日の合計九一日間)

(2) 平成四年二月五日から同年八月二七日までメイオンクリニック(整形外科)に通院(実通院日数七〇日間)

(3) 平成四年一〇月一四日から平成七年六月二二日まで蘇春堂形成外科医院に通院(実通院日数四二日間)

(4) 平成五年二月九日から平成五年八月一八日まで尾崎歯科医院に通院(実通院日数二四日間)

(5) その他、星井整形外科に一日(平成四年一月七日)、日の出歯科医院に一日(平成五年二月五日)通院

(三) 後遺障害

原告は、平成七年七月一八日に症状固定となり、以下の後遺障害により併合七級の等級を認定された。

(1) 顔面醜状障害 第一二級一三号

(2) 右眼視力障害(手動弁) 第八級一号

(3) 右眼視野障害 第一三級一号

(4) 嗅覚障害 第一二級相当

(5) 頸椎捻挫・第三頸椎棘突起骨折後の神経症状 等級非該当

(6) 眼瞼の障害 等級非該当

4  損害

(一) 積極損害

(1) 医療費 三二四万二二七四円

札幌医科大学付属病院分五一万八四二〇円、蘇春堂形成外科分二四三万二三七一円、尾崎歯科分三万二二五〇円、高島薬局分二七八一円、中村記念病院分一万三七九〇円、星井整形外科分四万三七三〇円、メイオンクリニック分九万〇三七〇円、日の出歯科分八九〇円、薬局分七万七四四二円、頸椎装具代三万〇二三〇円の合計額。

(2) 症状固定後医療費 一万六一三〇円

平成六年一〇月七日から平成九年一一月七日まで札幌医科大学付属病院に対する五三九〇円、平成六年一〇月七日から平成九年一一月七日まで札幌調剤薬局に対する七六四〇円、平成七年八月一七日札幌医科大学付属病院放射線科に対する三一〇〇円の合計額。

(3) 付添看護費 三九万〇〇〇〇円

原告は超重症であり、事故直後の六五日間は家族の付添いが必要であった。一日六〇〇〇円として六五日分。

(4) 付添人交通費 一万九五〇〇円

片道一五〇円で六五日分。

(5) 付添人雑費 一万〇〇〇〇円

(4)以外に付添人が必要なものを家に取りに行ったり、転院するためなどにより支出した交通費。

(6) 入院雑費 二一万四八〇〇円

一日一二〇〇円として一七九日分。

(7) 栄養費 一三万〇〇〇〇円

事故当初は口から食事をすることができなかったので、液体の栄養剤を飲んでいた。一日二〇〇〇円として六五日分。

(8) 通院交通費 二三万七七五〇円

平成三年一一月七日から平成五年六月二二日までの分一九万九三七〇円と同年七月一日から平成七年七月一八日までの分三万八三八〇円の合計額

(9) メガネ代 一五万一〇七〇円

眼科治療の一部。

(二) 消極損害

(1) 休業損害 二〇八万五五六〇円

症状固定日までの有給休暇五〇日間の七〇万二九〇〇円と平成五年三月三一日まで五一四日間の残業分一三八万二六六〇円の合計額。

(2) 後遺障害逸失利益 六四八〇万九五六一円

ア 原告は、株式会社日本興業銀行(以下「興銀」という。)に勤務する銀行員であり、本件事故による欠勤については有給休暇をすべて使うなどしたため、欠勤中も本件事故前と同様の給与を支給されており、症状固定後も従前とほぼ同額の給与所得を得ている。

しかしながら、原告の昇給のペースはダウンしているし、原告が右給与を得ているのは、原告が重い後遺障害を負いながら特別の努力をした結果である。

すなわち、原告の業務は、裏口の警備、書類等の運搬、郵便物の仕分け、ロビーの案内等の現業であり、デスクワーク主体の仕事に従事する事務職と異なる。原告の右眼視力障害、右眼視野障害、嗅覚障害は、原告の業務に直接的に影響を及ぼしており、原告は、かなりの努力を継続することによって現在の職務を何とかこなしているのである。なお、原告の右眼は現在手動弁とされているが、将来さらに悪化する可能性があり、ついには失明に至ることが予想される。

イ 原告は、高卒で縁故により中途採用されたのであり、一流大学卒で本社採用のいわゆるエリート社員ではないから、原告の後遺障害によって将来昇進・昇給等に不利益を及ぼす蓋然性は極めて高い。むしろいつ解雇されてもおかしくない状態にある。

特に、興銀は、平成一四年春には、株式会社富士銀行及び株式会社第一勧業銀行と持株会社の傘下に入る形で業務統合することとなったから、原告のような現業職員は賃金カットや人員整理の対象となることが予想され、その際最も不利な立場にあるのが、右眼失明や嗅覚障害を負っている原告であることは明らかである。

ウ 原告の症状固定時である平成七年の年収は七二三万二〇八〇円であり、労働能力喪失率五六パーセント、稼働可能年数三三年のライプニッツ係数一六・〇〇二五を乗ずると、右額となる。

(三) 慰謝料

(1) 入通院慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円

原告は超重傷患者であるばかりでなく、その入通院中に、眼科、耳鼻科、整形外科の各手術や顔面の手術を合計一三回も行い、著しい苦痛を受けた。この点を慰藉するには右額が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 九五〇万〇〇〇〇円

併合七級であり、逸失利益が認められることを考慮しても、顔面の手術回数などを考慮すると、右額が相当である。

なお、原告は、現在も後遺障害の治療のため有給休暇を取って月二、三回の通院を行っており、この点も慰謝料額の算定に当たり斟酌されるべきである。

(四) 物損 一二一万七七五〇円

バイク修理費一〇〇万円、ジャンパー、ブーツ、ヘルメット等一五万九〇四〇円、時計修理代五万八七一〇円の合計額。

(五) 過失相殺 三パーセント

原告の過失は〇と考えるのが至当であるが、一応は交差点の事故であることを考慮し、やむなく原告の過失を三パーセントと考える。

(六) 既払額 五七八万一三〇三円

(七) 弁護士費用 七〇七万〇〇〇〇円

5  よって、原告は、被告に対し、八五七〇万二三六〇円及びこれに対する本件事故日である平成三年一一月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)(一)ないし(六)の事実はいずれも認め、同(七)の主張は争う。

本件事故態様は、次のとおりである。

すなわち、被告は、本件の交差点を西から東に通過するに当たり、同交差点の北側の交差点の信号が赤になるまで待ち、北進する車両が同交差点の南側で停車したので、車両を確認してゆっくりと国道二三〇号線のセンター付近まで進み、一旦停車して左右を確認したところ、北側の交差点の信号は南北の走行に対して赤であった。そこで被告は、走行する車両がないことを確認した上、東に向けて進行した。

ところが、突然猛速で走行する原告二輪車を発見したため、被告車を停止させたものの、原告二輪車が被告車の助手席を直撃したのである。

なお、本件事故により、被告の妻が死亡した。

2  同2(責任原因)の主張は争う。

3  同3(原告の受傷及び入通院)の事実はおおむね認める。

4  同4(損害)のうち(一)(積極損害)、(二)(1)(休業損害)、(四)(物損)及び(六)(既払額)はいずれも認め、(ニ)(2)(後遺障害逸失利益)、(三)(慰謝料)及び(五)(過失相殺)はいずれも争う。

(一) 後遺障害による逸失利益について

(1) 原告は、現在勤務している銀行から賃金カットされていないばかりか、むしろ昇給しており、現時点においては逸失利益の損害が発生じていない。

また、本件後遺障害は、原告の業務遂行にそれほど支障を生じさせるものではない。原告は主に警備室又は地下控室にいるのであるから、顔面醜状が業務上影響しているとは考えられないし、銀行の警備の主な仕事は不審者の進入防止等の防犯的なものであり、火災等は火災報知器等の機器の見張り程度にすぎないから、嗅覚障害も業務に差し障るものではない。さらに、原告は右眼がほとんど失明したというものの、現在は自動車の運転ができるというのであり、それほど業務や日常生活に支障があるとは考えられない。

すなわち、本件事故前後を通じて原告の収入に減少がないのは、本件後遺障害が原告の業務遂行に支障を生じさせていないからであって、原告の努力いかんによるものではないし、本件において、原告に何らかの特別な努力があると認めることもできない。

(2) 興銀の業績等からして、原告は定年まで賃金カットされることなく就労できることは確実であり、定年までは労働能力喪失による逸失利益は発生しないと考えられる。

なお、平成一二年秋に予定される興銀と他の二行の業務統合により業務別に独立した銀行が設立された場合、その警備はそれぞれ行われる可能性が高いから、警備に従事する原告がリストラによって解雇される可能性は極めて低い。

仮に右業務統合により札幌の支店が減らされ、万が一原告がリストラされるとしても、その時点は平成一四年四月よりも遅い時点である。

そして、仮に退職を前提とするならば、現在の銀行の賃金ではなく、原告の学歴等にかんがみれば、退職時の年齢における高卒男子の賃金センサスによって算定されるべきである。退職時期を特定できないとの立場に立つとすれば、高卒男子の全年齢の賃金センサスを使用すべきである。

(3) 仮に後遺障害に係る何らかの逸失利益が認められるとしても、労働能力喪失率については、機械的に自賠責の等級による損失利益を当てはめて算定すべきではなく、本件においては四五パーセントの半分以下を考えるべきである。

また、仮に原告の右眼が実質的に失明したとしても、神経回路の補完機能が働くと考えられることからすれば、一眼失明による労働能力喪失率は、一生固定して考えられるべきではなく、逓減するものとして考えられるべきである。

(4) なお、逸失利益の遅延損害金は、原告の失職の可能性が生じる時期(早くとも平成一四年四月)以降から付すのが相当である。

(二) 過失相殺について

後記三のとおりである。

三  抗弁(過失相殺)

1  車両は信号機の信号等に従う義務があり(道路交通法七条)、法令の規定により停止した車両等又はこれらに続いて停止している車両等に追いついたときは、その前方にある車両等の側方を通過して当該車両等の前方に割り込み、又はその前方を横切ってはならない割り込み等の禁止義務がある(同法三二条)。しかるに、原告はこれに反し、信号により停止している車両の側方を通過して前方に出る運転をした。

車両の間から人が出たり、オートバイが出たりすることはあり得ることであり、街なかでオートバイの安全のためと称して、停止している車両をくぐり抜け、先頭を走行しようとしてスピードを上げることは、オートバイの安全のみを考えた身勝手な走行方法であって、許されるものではない。

2  原告は、横にいたフェアレデイZを意識し、信号が青に変わるや否や、アクセルをふかしてスタートし、衝突直前には七〇キロメートル前後の猛速度で走行し、ほとんど停車していた被告車に衝突した。

仮に原告が前方に注意を払い、これほどスピードを出していなければ、横断中の被告車に気づき、容易に本件事故を回避でき、被告の妻の命が失われることもなかったのである。

3  よって、原告の損害額を算定するに当たっては、原告のこれら過失を考慮すべきであり、少なくとも三〇パーセント以上を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

いずれも争う。

1  割り込み運転禁止条項は、二輪車が事故を避けるため赤信号で停止中の車両と車両の間を通って前方に出ることを想定しているものではないし、仮に本件において原告が停止中の車両の間を通って前方に出ており、それが道路交通法に何らかの意味で抵触するとしても、本件事故は、原告二輪車が停止中の車両の前方に出てから既に一定時間を経過した後に発生したのであるから、この点を過失相殺の事情として考慮すべきではない。

2  原告二輪車はハーレーダビットソンであり、それほどスピードの出ない二輪車である。

仮に原告が制限速度毎時五〇キロメートルを多少上回って走行していたとしても、左眼に白内障を自覚していた被告の無謀な横断に比べれば、それほどの過失割合にはならない。

理由

一  請求原因1(事故の発生)(一)ないし(六)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

同1(七)(事故の態様)については、甲第一ないし三号証、甲第四号証の1ないし3、甲第三〇号証の1ないし8、甲第三一号証の1ないし3、乙第一号証の1ないし20、乙第二号証の1ないし15、乙第五号証、乙六号証の1及び2、原告本人及び被告本人尋問の各結果によれば、次のとおり認められる。

すなわち、本件事故の現場は、南北道路(国道二三〇号線、通称石山通り。以下単に「国道」という。)と南一四条通り(通称行啓通り)と国道との交差点(以下「行啓通り交差点」という。)から一区画南方の東西道路(以下単に「東西道路」という。)が交差する信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)である。国道の全幅員は、歩道を含めて二四メートルで、車道のみの幅員は一六メートルであり、東西道路の幅員は六メートルである。

本件事故は、東西道路を東方に進行して国道を横断中であった被告車の左側に、片側二車線の国道の中央付近を南方に走行中の原告二輪車が衝突したものであり、その時点における原告二輪車の地点は、別紙交通事故現場見取図(被告立会いによる平成三年一一月一一日付け実況見分調書(甲第四号証の2)添付の図面。ただし、本判決添付の別紙はこれを縮小コピーしたものである。以下「見取図」という。)の〈イ〉であり、被告車の地点は〈4〉であった。

二  請求原因2(責任原因)について

1  右一掲記の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告が走行していた国道は、被告の走行していた東西道路よりも明らかに広い道路であり、かつ、本件交差点は信号機により交通整理の行われていない交差点であった(右一の認定事実)。

また、本件事故当時、国道の交通量は相当多かった(甲第三号証、甲第四号証の1、乙第五号証、被告本人)。

(二)  被告は、本件交差点に入る前の見取図〈1〉の地点で一旦停止して左右を確認し、北進する車両の停止を確認した後国道内に進行し、国道の中央分離帯付近である見取図〈2〉の地点で再度停止して左右を確認し、行啓通りの信号機が赤信号であることを確認してさらに東方に進行したところ、見取図〈3〉の地点で初めて左方一六・六メートルの地点(見取図〈ア〉)を南方に走行する原告二輪車を発見し、停止したものの衝突されたと主張・供述する。

そして、本件事故現場における国道の制限速度は時速五〇キロメートルであるのに(甲第四号証の1、原告本人)、原告二輪車は、本件事故直前において、時速約六八ないし七八キロメートル前後で走行していたことが推認され(乙第六号証の1、2)、これを覆すに足りる証拠はない。また、このことを前提とし、かつ、原告二輪車がそれほど加速性能の高いものでないとすれば(甲第三二号証、原告本人)、原告二輪車が本件事故現場からわずか一区画北方に位置する行啓通り交差点で停車していたという原告の記憶(原告本人)にも疑問が残るところである。

しかしながら、右のように原告二輪車が制限速度を超えて走行していたとはいっても、原告二輪車が国道を進行方向に従って走行していたことには変わりがないし、原告二輪車が被告においておよそ予測のつかない異常・無謀な走行をしていたとまで認めるべき事情はない。また、前記のとおり、本件事故は、被告車が、国道の中央分離帯を越えてさらに片側二車線の中央付近にまで達した地点で発生しているところ、本件交差点の見取図〈2〉ないし〈3〉の地点で北方(被告から見て左方)の視界を遮るものはないのであり、被告が見取図〈2〉ないし〈3〉の地点において左方を十分確認すれば、より早い時点で原告二輪車を発見でき、本件事故を避けることができたというべきである。

(三)  この点、被告が本件事故当時、満六八歳という高齢で、左眼に白内障を患っていた(原告本人、被告本人。もっとも、当時の左眼の視力は矯正後〇・六くらいであったという。被告本人)ことは、被告の過失を認める方向に働く事情といえる。

(四)  なお、原告は、本件事故当時、被告は国道のセンターライン付近で何ら左右を確認しないまま進行していたのであろうと主張し、その根拠として、被告車が本件事故の時点での地点(見取図〈4〉)からさらに二・四メートル進行した地点(見取図〈5〉)で最終的に停止していること(甲第四号証の2)を挙げる。しかしながら、被告立会いによる平成三年一一月三日付け実況見分調書(甲第四号証の1)添付の交通事故現場見取図によれば、本件事故による被告車の擦過痕は若干斜めにはなっているものの、最終的に被告車が停止した地点(見取図〈5〉)まで続いているわけではないし、被告は、本件事故発生後、被告車がオートマ車であり、レバーが引けずにギアチェンジができない状態にあったのに、踏んでいたブレーキを外したため、被告車が若干前方に移動した旨供述し(乙第五号証、被告本人)、その供述は必ずしも不自然ではない。

よって、被告が、国道のセンターライン付近において全く左右の確認をせず、おもむろに国道を横断したとまで認めることはできないものの、仮に見取図〈2〉ないし〈3〉の地点で被告が左方を一瞥する行動を採っていたとしても、被告において、左方を十分確認すれば当然気付いたであろう原告二輪車を見落としていたことには変わりがない。

2  以上によれば、被告は、本件交差点に進入するに当たり、交差道路上の交通の安全を確認し、接近してくる車両との衝突の危険を回避するため、その進行妨害を避けるなどの措置を採るべき義務があるのにこれを怠った過失があるといわざるを得ない。

よって、被告は、民法七〇九条により、本件事故によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

三  請求原因3(原告の受傷及び入通院)の事実はおおむね当事者間に争いがなく、甲第六ないし九号証、甲第一〇号証の1、2、甲第一一ないし一五号証、甲第一六号証の1、2、甲第一七ないし一九号証、甲第四二号証の1、2、甲第四三号証の1ないし15及び弁論の全趣旨によれば、これら事実を認めることができる(ただし、(二)(4)の尾崎歯科への通院を除く。)。

四  請求原因4(損害)のうち(一)(積極損害)、(二)(1)(休業損害)、(四)(物損)及び(六)(既払額)はいずれも当事者間に争いがない。

1  同4(二)(2)(後遺障害逸失利益)について

(一)  交通事故によって身体に障害を負った被害者が、傷害の治癒後もなお後遺症を残し、事故前に比べて労働能力の低下を来した場合における財産上の損害(逸失利益)については、おおむね、〈1〉後遺症がなければ得られたと考えられる収入から後遺症を残した状態で得られ、又は得られると考えられる収入を控除した差額を損害と捉える考え方(差額説)と、〈2〉後遺症による労働能力の全部又は一部喪失自体を損害と観念する考え方(労働能力喪失説)に分かれ、判例は差額説に立つものと説明されることが多い。

しかしながら、現状においては後遺症に起因して財産上特段の不利益を被っていると認め難い場合であっても、例えば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情があれば、なお後遺症に起因する労働能力低下に基づく損害があると認める余地があるとする裁判例(最三小判昭五六・一二・二二民集三五・九・一三五〇)もあることなどに照らすと、判例は、現実に生じた具体的な収入額の差異を離れて、ある程度抽象的な額として逸失利益の発生を捉えることを認めており、従来の最高裁判例の立場についても、厳格な意味での差額説を採っているというよりも、むしろ、被害者の身体障害に基づく労働能力の喪失による損害を、被害者が現に従事している職種との関連という面で差額説的な考慮をしながら評価していると理解することが可能であるし(三村量一「最高裁判所判例解説民事篇平成八年度(上)」三六一頁)、当裁判所もまた、そのように解することが相当であると考える。

(二)  これを本件についてみるに、原告は、興銀に勤務する銀行員であり、本件事故前である平成二年分の給与所得が五二八万四五八〇円であった(甲第二〇号証)のに対し、症状が固定した平成七年分の給与所得は七二三万二〇八〇円であり(甲第二一号証)、平成一〇年分の給与所得は七三一万三九八〇円である(甲第四八号証)から、原告の給与はむしろ本件事故後に昇給している。また、原告は、原告の昇給のペースがダウンしていると供述するが、必ずしもこれを裏付ける資料はないし、原告の業務は、デスクワーク主体の事務職ではなく、裏口の警備、書類等の運搬、郵便物の仕分け、ロビーの案内等である(原告本人)ものの、その業務は、労働基準監督局長通達による労働能力喪失率表が念頭に置く一般的な工場労働者と同視できるものとはいえず、同表による併合七級の喪失率五六パーセントに達する程度まで、現実の業務における不自由が生じていることを認めるに足りる証拠もない。

しかしながら、原告は、高卒で、縁故により興銀に中途採用されたのであり、眼の痛みが激しく、視野が限られ、嗅覚がなく、走ることができず、一人で車を運転することも躊躇される状態にあり、警備作業や貴重品の運搬にも不自由を生じているというのであり(甲第四六号証、原告本人)、原告がいわば現業的な職務に従事していることからすると、原告の後遺障害(顔面醜状、右眼視力障害、右眼視野障害、嗅覚障害)が、現在の原告の業務に一定の影響を及ぼしていること(換言すれば、現実の減収がないことについて、原告の特別の努力によるなどの他の要因が存すること)は十分推認されるし、右後遺障害が原告の稼動能力と全く無関係の部位に生じたと断定することはできない。また、こうした(原告本人の言葉を借りれば)雑用係的な仕事に従事する原告が、右のような後遺障害を負ったことによって、現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれが存在しないと認めることもできない。そして、原告の右眼の症状は、むしろ将来悪化する懸念があり(甲第三七、四六号証)、神経回路の補完作用をもってその障害程度が逓減すると認めるのも相当ではない。

そうすると、原告が現に従事し、あるいは将来従事することが予想される職種との関連からすれば、本件におけるこれら後遺障害は必ずしも軽微なものとはいえないのであって、これらを損害賠償額に反映させる必要性は否定できず、この部分が厳密には不明であるとして慰謝料において斟酌することも許されるものではない(鷺岡康雄「最高裁判所判例解説民事篇昭和五十六年度」八五一頁)から、これらの事情は、合理的な範囲内で後遺障害による逸失利益として捉えるほかないところ、右原告の「特別の努力」の立証程度等にかんがみれば、現在の職務に従事し得る限り、原告の労働能力喪失率は、右労働基準監督局長通達による労働能力喪失率表による併合七級の喪失率五六パーセントの三割と解するのが相当である。

(三)  なお、興銀は、平成一四年春には、株式会社富士銀行及び株式会社第一勧業銀行と持株会社の傘下に入る形で業務統合されることが予定されている(甲第四六号証)が、原告が平成一四年春以降、人員整理の対象となることが確定したわけではないから、原告が平成一四年春以降退職することを前提として損害額を算定することはできないし、遅延損害金の起算点を、症状固定後の右のような事情によって引き下げることも相当ではないと解される。

(四)  前記のとおり、原告の症状固定時である平成七年の年収は七二三万二〇八〇円である。そして、原告の定年は六〇歳であるが、五五歳以降は「専任行員」という肩書となり、年収もおよそ半分に減ることがうかがわれる(甲第三五号証)ところ、そうした条件で雇用関係が継続されるか否かは定かでなく、右のような事情のみをもって五五歳以降の原告の年収について、平成七年の年収の半額をもって基礎収入と解することも相当ではないと解されるから、五五歳以降は、むしろ症状固定時である平成七年の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計三〇歳ないし三四歳の男子労働者平均給与額を基礎収入と解し、その際の原告の労働能力喪失率は、前記労働基準監督局長通達による労働能力喪失率表による併合七級の喪失率五六パーセントと解するのが相当である。

よって、原告の後遺障害による逸失利益は、〈1〉症状固定時から五五歳までの分として、症状固定時の年収七二三万二〇八〇円を基礎とし、労働能力喪失率を五六パーセントの三割とし、ライプニッツ方式により年五パーセントの割合による中間利息を控除した一五五七万七五〇一円(一円未満切捨て)と、〈2〉それ以後六七歳までの分として、症状固定時である平成七年の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計三〇歳ないし三四歳の男子労働者平均給与額五一三万九四〇〇円を基礎とし、労働能力喪失率を五六パーセントとし、ライプニッツ方式により年五パーセントの割合による中間利息(ただし、症状固定時から就労可能である六七歳までの三三年間の係数から、症状固定時から五五歳までの二一年間の係数を除く。)を控除した九一五万六二七二円(一円未満切捨て)の合計額である二四七三万三七七三円となる。

(計算式)

〈1〉 7,232,080×(0.56×0.3)×12.8211≒15,577,501

(平成七年年収)(労働能力喪失率)(二一年ライプニッツ)

〈2〉 5,139,400×0.56×(16.0025-12.8211)≒9,156,272

(平成七年30~34男子学歴計)(労働能力喪失率)

(三三年ライプニッツ-二一年ライプニッツ)

2  同4(三)(慰謝料)について

(一)  入通院慰謝料

前認定の本件事故態様、原告の受傷内容・程度、治療経過その他諸般の事情を総合すると、原告の入通院慰謝料額は四五〇万円と認めるのが相当である。

(二)  後遺傷害慰謝料

前認定の本件事故態様、原告の年齢、後遺障害の内容・程度及びこれによる精神的苦痛、日常生活への影響、原告が現在も治療を受けていることなど諸般の事情を総合すると、原告の後遺障害についての慰謝料額は、九三〇万円と認めるのが相当である。

3  同4(五)(過失相殺)について

後記五のとおりである。

五  抗弁(過失相殺)について

前記一及び二のとおり、本件事故における被告の過失は否定できないものの、他方、原告は、本件事故当時、制限速度を超える時速六八ないし七八キロメートルで走行していたと推認できること、原告が本件事故現場において東西道路が存在することを認識していたこと(原告本人)など、原告にも過失相殺の対象とすべき過失があることが認められる。

なお、被告は、原告が道路交通法三二条に規定する割込み等の禁止に反して走行していたと主張するが、原告は、本件交差点に進入する前に停止していた時点で横にフェアレデイZが停車していたことを記憶しており、通常、安全のため他の車両よりも先に進行するようにしていたというにすぎず(原告本人)、本件事故の時点ないしはその直前で割込みをしたことまで認めることはできないから、この点に関する被告の主張には理由がない。

以上、双方の過失の内容・程度その他諸般の事情を総合すると、その過失割合は、被告が八五パーセント、原告が一五パーセントと認めるのが相当である。

六  小括

当事者間に争いのない請求原因4(一)(積極損害)、(二)(1)(休業損害)、(四)(物損)に前記四1及び2を加えた合計額は四六二四万八六〇七円であり、右過失割合による減額をすると、三九三一万一三一五円(一円未満切捨て)となる。右額から、当事者間に争いのない請求原因4(六)の既払額五七八万一三〇三円を控除すると三三五三万〇〇一二円となる。

七  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、三三五万円と認めるのが相当である。

八  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対し三六八八万〇〇一二円及びこれに対する本件事故発生日である平成三年一一月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 本田晃)

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